2012年06月11日

タイムラインの記録


2010年11月末   ファースト・コンタクト
2011年1月上旬   ファースト・ミーティング
2011年2月     構想・目次構成 初案
2011年3月     全体スケジュール 初案
2011年4月     取り組み開始
2011年4末〜5上  アメリカ取材
2011年6月     国内(東京)取材
2011年7月     アメリカなど執筆
2011年8月     目録など執筆
2011年9月     総論など執筆
2011年10月    歴史・e-resourceなど執筆
2011年11月    ILLなど執筆
2011年11月    国内(東京)取材
2011年12月    台湾取材
2011年12月    マンガ・台湾など執筆
2011年12月下旬  10章くらいまでの第0稿書き上げ
2012年1月下旬   全章通しての第1稿書き上げ
2012年2月中旬   改稿した第2稿書き上げ
2012年2下〜3中  初校
2012年2月下旬   書名 初案
2012年3下〜4上  二校
2012年3月末    表紙決定
2012年4月中旬  「本棚の中のニッポン」ブログ開始
2012年4月中旬   三校
2012年4月中旬   笠間書院ブログに告知
2012年4下〜5中  索引作業
2012年5月中旬   最終校正終了
2012年5月末    発売
posted by jbsblog at 22:13| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月10日

本書は何であるか、何ではないか。または、”地図を編む”という話

 
 本書の執筆にあたって、「何を書こうとしている本なのか」ということと同時に、「何では”ない”か」、ということを強く意識していました。していましたというか、せざるを得ませんでした。

 自分が描こうとしている図書館やその蔵書・資料は、すでに多くの論文や著書が世に出ているような、”調査対象としての図書館・資料”ではないということ。研究者の先生がたくさんやってるような、資料調査やそういうことではないということ。
 というより、そもそも”研究”ではないんだろうな、ということ。
 新しい事実の解明ではない。何かの論証や実証ではない。それを行なうべき”場”は他にあるはずだし、それができる人は山ほどいてはるし、(ある意味で)中途半端な位置にいる自分がそれをやるのは、できるできないはもとより、サイズのまったく合ってないスーツに無理やり袖を通して、ぎくしゃくしながら演台に立ってるような気がする。そんなぎくしゃくした演台の上から何かものを言ったって、人さまに届くわけがない。

 正直身もフタもないけれども、何を書くかはそれほど大きな問題ではない。
 だって何を書いたって、それをどこまで受け止めて、どう深めたり消化したりして、どう活かしていくか、なんてことは結局は受け手次第なんだから。それは”読者としての自分”がよくわかってる。
 それより、ほんとにちゃんと=幾ばくかの説得力とともに、人さまに届くかどうか。そちらのほうがよっぽど大きな問題。

 だったら、「(ある意味)中途半端」と自分でもなんとなく意識しているようなその立ち位置を、強みとして、活かしていく方向のほうが、ずっと人さまに届く。
 はず。たぶん。わかんないけど。

 といった考え方で、じゃあどういう演台から自分の言おうとしていることを活かせるのか、と。 
 例えば。扱うのは「海外の日本研究」そのものでは決してなく、また「日本資料」そのもののほうでもない。あくまで、それを支える”ツール””仕組み”機能”としての「図書館」(またはそれに類する学術・文化・情報・サービスの仕組み)のほうだということ。
 次に。特定の研究分野を専門とする立場からの視点ではないということ。図書館という、分野を広くカバーし横断する場所にいる者からの視点である、ということ。
 もうひとつ。研究者ではない、実務者であるということ。実務者としてトピックを選択し、実務者の目から対象を見たときに、どういう問題が起こっているのか、これこれはどういうことを意味しているのか、という切り口であること。
 もっと言えば、海外に在する者ではない。あくまで、日本にいて、日本の図書館・学術機関に身を置いて、その視点から見聞きしたこと。それを、これもまた海外ではなく、日本にいる他の図書館・学術機関等に身を置いている人たちに伝える、ということ。

 そうやって考えていけば、なるほどやっぱり、新しい事実の解明や論証・実証ではない。ここで扱う「海外の日本図書館」について、すでにさまざまなことが多少なりともあちらこちらで書かれ、発表され、調査され、見聞されてはいる。けれども、それらを広い一枚の地図の上にひろげて、ざっと見渡して、ざっくりと理解する、ということができる何かがほしい。あるいは、そういうことをまだ知らない人に伝えたい、わかってほしい。

 そういう、”地図を編む”、ということ。
 それも国土地理院的なのではなく、修学旅行生やOLさんに京都の全体を説明するためのイラストマップのようなものとしての。

 というようなものにしようという考えは、構想当初、早い段階から決まっていました。
 もちろん、それが全うできてるかどうかなんてことはまた別のあれですが・・・。

posted by jbsblog at 10:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なぜ『本棚の中のニッポン』というタイトルなのか、という話 その3


その1 http://jbsblog.seesaa.net/article/272801249.html
その2 http://jbsblog.seesaa.net/article/273445462.html
その3 ←いまここ

 メインタイトルを一般の人向けに「本棚の中のニッポン」としたわけですから、サブタイトルの方は、具体的説明的な文言で、「図書館」という言葉を堂々と使ったものにしたい、と考えるわけです。
 やっぱりなんだかんだ言っても、図書館のことを中心に書いた本だし、図書館の人に広く目にしていただきたいし、いやもうぶっちゃけ、図書館に蔵書として購入していただくにあたっては、タイトルにずばり「図書館」と入れておいた方が買ってもらえやすいですから。”図書館についての本”なんて、日本全国どこのどんな図書館に行っても置いてあるし。

 じゃあ、「海外の日本図書館」、だけでよかったのかと言われると、それもちょっとこころもとない。
 サブタイトルの説明的文言で考えたいのは。
 ひとつ、定義の筋が通っているかどうかということ。
 もうひとつ、誰がどんな言葉で検索してくるだろうかを想定すること。

 ”海外にある、日本語の本や日本についての本を置いてある図書館”を指す言葉って、必ずしも「日本図書館」と決まっているというわけではない。「日本語図書館」とか「日本研究図書館」とか「日本資料図書館」とかさまざまな呼び方をされうるところを、本書を著するにあたってあたしは「日本図書館」という言葉で統一して書きました、けれども。
 逆に「日本図書館」という言葉が必ずその意味を示すと決まっているわけでもない。何の前提も知らない人が「日本図書館」という文字を見たら”日本にある図書館”と思っちゃうことうけあいだろうし、そこへきて「海外」と書いてあったら、え、日本のはなしなの海外の話なのどっちなの、となっちゃう。
 例えばGoogleで「"日本図書館"」を検索してみると、日本図書館協会と日本図書館研究会と日本図書館情報学会をNOTしてみても、「日本図書館」を”海外にある日本図書館”という意味で使っている例はなかなか現れない・・・・・・いや、現れました、現れましたね、それ、本書のタイトルであり、このブログ自身です(笑)。

 という「日本図書館」だけを使うのがこころもとないので、じゃあ補強する意味で「日本研究」も添えたらどうか。「日本研究」(Japanese Studies)という言葉なら”日本を研究する”意味だと理解されることがほとんどだろうと期待できます。かつては「日本学」とも言われてた言葉です。ググってみると、「日本研究」を、特に世界・海外での日本研究を意味するものとして使っている例がほとんどですし、Wikipediaのカテゴリ名にも使われています。一般に充分普及した言葉と言えるわけではないかもしれませんが、定義としては筋が通っているから、説明語句としてのサブタイトルには向いているでしょう。
 何より、「日本研究」をやってる人なら、日本研究のことを「日本研究」という言葉で言うということはわかってるはずで、ネットやOPACで検索するときも「日本研究」という言葉で検索するだろうから、サブタイトルに「日本研究」という言葉を入れておけば、「日本研究」という言葉でヒットする、ということです、という(笑)。

 じゃあ、「海外の日本研究と図書館」?・・・それだと図書館は日本にあることになりかねない。
 「海外の図書館と日本研究」?・・・いや、ちょっとちがう。海外の一般的な図書館のことを言ってるわけではなく、日本についての専門の図書館のことを言っているわけで。
 とは言え「海外の日本図書館と日本研究」だと、「日本」が2回重なってちょっとくどい。
 そうだ、じゃあ「海外の日本研究図書館」にしちゃえば、「日本研究」で検索してもヒットするしわかりやすい。・・・ああ、ダメだ! 本文中で「日本研究図書館」という言葉は使わない、「日本図書館」に統一する、って自分で決めてるじゃないか。
 だとするとやっぱり、「海外の日本図書館と日本研究」。まあ、しかたないか。図書館の話が中心だから「日本図書館」を先に持ってきた方がいいだろうし。

 というわけで、気がつけばメイン・サブ合計で3回も日本が登場するようなタイトルになりました、という。
 
 これに加え、笠間さんにお願いして、標題紙に「Japanese Studies Libraries in the World」という英文名を入れてもらいました。これなら、もっとも一般的な「Japanese Studies」でヒットするし、「Library」目当ての人にもヒットする。そして、背表紙でも奥付でもなく”標題紙”にちゃんと書いておけば、AACR2によってこの本の目録をとるであろう海外の図書館さんのデータベースに、この英文名が確実に記載されるにちがいない、ので。(いまWolrdCatに出てる書誌はまだTRCから流れてきたばかりらしく記載ありませんが、北米のカタロガーがじきに修正してくださるのではないか、と・・・。)

 ああ、そうですね、もはや”日本だらけの標題紙大会”ですね。
 景気がいい(笑)。

 たぶん、以上です。

posted by jbsblog at 09:58| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月07日

ご購入について

 お近くの書店に本書がない場合は、下記のサイトなどをご利用下さい。

Amazon.co.jp
http://amzn.to/Kh0RBv

hontoネットストア
http://honto.jp/netstore/pd-book_25182976.html

セブンネットショッピング
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1106174808/subno/1

丸善&ジュンク堂書店
http://www.junkudo.co.jp/detail.jsp?ISBN=9784305705884

紀伊國屋書店BookWeb
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4305705885.html

版元ドットコム
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-305-70588-4.html
posted by jbsblog at 08:26| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

〈お知らせ〉ブログで紹介・批評されました(かたつむりは電子図書館の夢をみるか / みちくさのみち)

 
 下記のブログで紹介・批評していただきました。
 ありがとうございます。

 ふだん意識しない「海外にあって日本語/日本の本・情報を求める人」に気づかせ、できることを考えたくなる本:『本棚の中のニッポン』 - かたつむりは電子図書館の夢をみるか
 http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20120604/1338828883

 江上敏哲『本棚の中のニッポン』読書メモ - みちくさのみち
 http://d.hatena.ne.jp/negadaikon/20120606/1338999985
 
 
posted by jbsblog at 07:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年06月04日

なぜ『本棚の中のニッポン』というタイトルなのか、という話(その2)

 その1 http://jbsblog.seesaa.net/article/272801249.html
 
 主タイトルのほうに「図書館」という単語を使わない。使わずに、”図書館”やそれに類する資料・情報の流通・提供、研究支援、情報サービス、そういった類の話である、ということを端的に伝えないといけない、ということになります。この本は、研究・学習上で資料・情報を必要としている人たちに、それをいかに効果的に、効率的に、ちゃんと届けられるか、その仕組みと在り方をどう考えるか、という話です。
 そうと分かる端的な言葉は(「図書館」でなければ)なんだろうか、と。

 いろいろな言葉を考えました。
 「読書されるニッポン」とか「アクセスされる」「学ばれる」とか。

 「読書」は魅力的な言葉だし、「読書」という単語を入れておくと、一般の本好きの人にも手にとってもらえやすくて広く興味をもってもらえるんじゃないか、というふうに思ってたんだけども、やはりちょっとちがう。「読書されるニッポン」だと、日本文学とか小説とかコンテンツまわりの話かな、ていう印象になってしまう。文学の話じゃないので。研究・学術関係やそのための情報サービスの話と、一般に「読書」という単語からイメージされやすい文学鑑賞・趣味娯楽方面の話とは、やっぱりちょっとだいぶちがう。「読まれるニッポン」だと短すぎてリズムが悪いし、「世界に読まれるニッポン」だと”すごいぞニッポン”みたいな礼讃っぽい言い方になってしまうのでちがう。
 かといって、「研究されるニッポン」では言葉が説明的というか事務的だし、あるいは、何か日本が丸裸に分析されてるぞ、みたいなこと言われてるようでおかしい。「学ばれるニッポン」になると、”お手本”にされてるようになるのでこれもまた礼讃っぽい。
 そもそも、それだと”日本研究”や”教育・学習”の話になっちゃう。

 そうじゃなくて、この本はあくまで図書館や流通や利用・サービスの話。内容・コンテンツの話ではないし、しかも研究や教育・学習”それそのもの”の話でもない。そことのちがいがわかる言葉じゃないといけない。
 その、ツールとして、機能として、仕組みとしての本や図書館や情報メディアまわりの話、と考えた時に、一番しっくりと来る、馴染みの深い、どこにでもある、なくてはならない存在が、「本棚」という言葉でした。
 「アクセス」とか「情報」とかそっち系の言葉を使うという考え方もあったんだけど、タイトルにそれをつけるとやはりどこか”デジタルな感じ一辺倒”という印象を受けてしまうので、少なくともタイトルはそこから離れるべきだろう、と。

 本棚は、図書館にとってなくてはならない存在であり、そしてなおかつ、図書館だけじゃなくてどこにでもある、書店にもオフィスにも、学校にも寮にも自宅にも、文系の研究室にも理系の研究室にもどちらにもある。どうかすると、電子書籍端末やデータベースやwebサイトの中にだってデジタルに存在している。その分野・業種に関係なく、内容・コンテンツがどうであるかに拠らず、人と資料・情報との”なかだち”たりうる存在。それが、「本棚」ではなかろうか、と。
 そういう存在の「本棚」という言葉がタイトルに入っていれば、図書館関係者だけでなく、それ以外の本・出版・情報関係者にも、学術関係者にも、一般の読書好きな方にも、書店さんにも、ちょっと本好きなだけな人にも、広くひっかかってくれんじゃないだろうか、と。

 そう思ってあらためて考えると、海外の日本研究図書館のどこに何があるかっていうと、本棚の中に、ニッポンがある。そういうイメージ。
 何かを、資料・情報を、”知”を求めに来る人が、歩み寄り、向かい合い、立ち止まり、集まる場所。その人たちのために、”知”を保ち続け、”知”を自由に明け渡す。流す。つなげる。そういう立場。

 そんな、世界の本棚の中にある、ニッポン。

 うん、これはいい。本を読もうとする人、学術・研究・文化に携わる人、あらゆる人にとって「本棚」は関わりのある存在だし、しかも主な想定読者であるほとんどの日本人にとって「ニッポン」は関わりのある言葉だし。そもそも日本人ほど日本論・日本人論が好きな国民はいないって言うから、タイトルに「ニッポン」をいれておけばうまくひっかかってくれるはず。

 というようなことを、1年くらいつらつらと考え続けた結果としての、『本棚の中のニッポン』というタイトルです。

 そして気がつけば、そのころ読んでた『中国化する日本』と、我が愛読書トップクラスの『本棚の歴史』とのなんとなくの合わせタイトルになってしまってるので、まあ、それなりにひきずられたんだろうな、と思います。


 続く、かも。

 その3 http://jbsblog.seesaa.net/article/274318057.html
posted by jbsblog at 19:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月31日

〈お知らせ〉(5/31)Amazonの在庫状況について


 Amazonさんで新刊書によく見かけるパターンですが、在庫情報が「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。」(2012/5/31)となっています。かといって入手できないわけでも買えないわけでもありません。入荷した本の整理が付き次第、在庫ありになるはず、だとのことです。安心してご注文下さい。

 版元ドットコムさんは現在(2012/5/31)「在庫あり」表示が出ています。
 http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-305-70588-4.html
 もしくは、わたしに近々会う予定のある方は、お声がけ下さい。
 
 決して出版社で在庫切れとか、ましてや販売中止とか、販売差し止めとか、わたしが土壇場で恥ずかしくなって買い占めたとか、そういうことではない、と、思います。
posted by jbsblog at 19:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

〈正誤情報〉(ニューヨークテロの日付)

〈正誤情報〉

269頁 20行目
 ×「2011年9月11日」
 ○「2001年9月11日」

ラベル:正誤情報
posted by jbsblog at 17:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

なぜ『本棚の中のニッポン』というタイトルなのか、という話(その1)


 なぜ『本棚の中のニッポン』というタイトルにしたのか、どういうふうに考えたのか、ということをなんとなくメモしておこうと思います。

 まず、「ニッポン」という言葉を使うだろうな、ということはわりと自分の中で決まってて、それは、「海外から見た日本」を単語で端的に表そうとすると「ニッポン」か「ジャパン」か「NIPPON」「JAPAN」なので、その中でも、米国・英語圏限定じゃない、世界全体から見た日本、という考え方で。
 「日本」だったら日本だなあとしか思わないけど、「ニッポン」と書くと、あ、世界の中における、海外から見たニッポンのことなんだろうなあ、というふうにすっと理解してもらえるのではないかと思いました。

 では、書いてることの多くは図書館のことだからというので「図書館」という単語を入れるかというと、いやちがう、確かに図書館の話題メインではあるんだけど、誰に向けて書いたかと言えば決して図書館関係者のほうしか向いてないのではなく、それ以外の学術・研究・出版・情報・文化にかかわるさまざまな立場の人に向けるということを意識して書いたし、読んでもらえたらと思っているわけなので、それを主タイトルにでかでかと「図書館」と書いてしまうと、図書館以外の人の手が遠のいてしまう、あ、自分には縁の無い、縁遠い話なんだろうなとスルーされてしまう、ましてや一般の人なんか視界に入れてくれそうにない。ですので、まあ少なくとも主タイトルに「図書館」は入れないだろう、ということになります。
 とはいえ、やはり図書館関係者の目をひきたい、とめてほしい、という想いもあります。ぶっちゃけ、タイトルに「図書館」と入っている方が図書館に蔵書として買ってもらえやすいだろう、という考えもあります。では、サブタイトルのほうにはがっつり入れておこう、ということになります。一般の方に比べ、図書館関係者ならサブタイトルを無視せずがっつり見るにちがいないので。
 という感じで、一般の人向けにキャッチーで、限定的な言葉を使用しない主タイトル。図書館関係者向けに「図書館」を堂々と宣言した、具体的説明的文言のサブタイトル、という構造にしてあります。


 続く。

 その2 http://jbsblog.seesaa.net/article/273445462.html
posted by jbsblog at 12:57| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月26日

見本が届きました 

mihonatnbk.jpg

posted by jbsblog at 06:21| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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